2024/06/28 17:14
「そばには タリーズのコーヒーがある」
「今から「本日のコーヒー」を淹れます。お時間大丈夫ですか。」
私は、そのことばに顔がほころんだ。
物販スペースで、眉間にしわを寄せながらシングルサーブを眺めていると、芳ばしい香りがふわっとして、顔の緊張がゆるんだ。
「お待たせいたしました。「エスプレッソクラシコ」です。」彼女はひまわりのような笑顔で、ゆっくりと私にボトルを手渡した。穏やかな口調で「私は、自信をもってタリーズのコーヒーをお勧めします」と続けた。
ベテランフェローの彼女には、心の中を見透かされているようだ。
「難病の息子が高校に入学します。入学式の前日、学校に行きます。学年主任、養護教諭、息子、私でお話をします。高校は義務教育ではないので、不安がいっぱいです。」と、蚊の鳴くような声で答えるのが精一杯だった。
彼女は笑顔を消し、真剣な眼差しになった。
学生服に汚れひとつ無い頃、突然、入院生活が始まった。
病院の裏出入り口を入ると、通路沿いにタリーズがある。ボードの絵をチラッと見て、早足で病室に向かうことが日課となった。
着替えを持って帰宅する時、車の中で飲んだ「ハニーミルクラテ」の甘さが、こらえている気持ちを包み込んでくれた。
蝉の大合唱を聴きながら「エスプレッソシェイク」で退院のめどがついたことを、喜んだ。
ハンドドリップで淹れる時間が、無の世界へと導いてくれた。ゴリゴリと豆を挽く時の心地よい響き。コーヒーがポタポタッと落ちてクルクルッと踊る。
心を浄化して、気持ちを切り替えてくれた。
いつも、そばにはタリーズのコーヒーがあった。
これから、新しい未知の世界に飛び込む。
「シングルサーブ」が、ポンッと背中をおした。